MURPH
House renovation in Gotenba, SHIZUOKA
御殿場市にある築17年の戸建て住宅のリノベーション。本プロジェクトでは主に1F部分を大きく改修した。
生活に合っていない既存の間取りを、ツーバイフォー構造の制約とうまく付き合いながらアップデート。
さらに、日常をより深度あるものにするため、生活空間に3つのアートを組み込むことを試みた。
アートは、書家 加山幹子さん / Plotter Drawing 深地宏昌さん / ideaTypo 髙橋耕平さん と協働した。
「アートと住む」から「アートに住む」へ
クライアントは会社員のご夫妻で、アートやデザインに職業として携わっているわけではないが、2人の住まい方を見せてもらった際、ごく自然に気に入ったアート作品やそれにまつわるプロダクトを生活に取り込んでいたのが印象的だった。
われわれは自宅兼事務所である「襖絵のSOHO」から継続して、いわゆる「アート」と呼ばれる領域のものと、生活空間とをもっと近づけたいと考え試行を続けている。そして襖絵が日常に馴染み、5年経った今でも、はっとさせられる瞬間が訪れることを知っている。アートが知覚への働きかけによって鑑賞者の心に変化を与えるものであるなら、触れる・使う・動かすなど生活空間に入り込み相互作用することで、より豊かな毎日を過ごすきっかけになる。アートを所有し眺めるだけではなく「アートに住む」こと。このプロジェクトではそれをクライアントと共有し、一緒に目指すことができた。
アーティストとの協働
この住宅では3名のアーティストと協働した。いずれも壁にかけたり床に置く作品というよりは、生活の営みと一体化するようなあり方を検討した。
また、各アートを通底するテーマとして「If it can happen, It will happen.」を設定した。これはクライアントが最も影響を受けた映画「インターステラー」から引用したもので、マーフィーの法則を元にした言葉である。
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エントランスから続く一連の襖の図案を、書家の加山幹子さんに依頼した。原画をデータ化し、黒皮鉄板にUV印刷した。書の背景も加山さんによるもので、クリアインクで印刷されている。襖の中は大容量の収納。
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宙に浮いた、照明の役割も持つ図像はPlotter drawingの深地宏昌さんと取り組んだ。透け感のあるシートに直接プロッターによるドローイングが施されている。図は内側に書かれているため、中心の電球の光を受けると外側にもドローイングが浮かび上がる。
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ついたては髙橋耕平さんとの協働。一枚の板から「If it can happen, It will happen.」の文字列を切り出し自立させた。ワークスペースを目隠ししつつ、リビングをより広く使う際には折りたたむことができる。
結果として53㎡という決して大きくはない面積の中で、3つのアートが互いに干渉したり呼応したりしながら、それぞれの領域をつくり出している。
そのほか、富士山にほど近いこの土地の空気感を取り入れるべく、ダイニングカウンターは溶岩石を入れた研出しとした。製作は高山左官の高山さんに依頼した。
間取りと構造上の制約
クライアントは数年前にこの戸建てを中古で購入した。しかし彼らの生活と1Fの間取りが合致しておらず、もっと広々と暮らしたいこと、玄関付近に収納を増やしたいことなど、機能的な要望がいくつかあった。
改修前の間取りはDKに面した畳の小上がりが1Fを分断しており、これは撤去してフラットにすることが可能だった。しかしハウスメーカーの2×4住宅は構法と構造の理由から改修の際の構造的な変更に制約があることが多く、例に漏れず今プロジェクトでも住戸中央の耐震壁を中心に大きな変更は難しかった。
そこでその耐震壁にさらに厚みを与えて両端にアールを取り、常設展示的な上記3つのアートに対比して企画展示が可能なホワイトキャンバス(あるいは茶室における床)として仕立てた。美術館の壁と同じようにペン下クロス+塗装の仕上げとし、何もないことによる求心性を持つ壁として「ヴォイドウォール」と呼ぶことにした。
玄関から入ると、ヴォイドウォールを回遊する形で、キッチン、ダイニング、リビングと続いていく。構造躯体には手を入れず、最低限の操作とプランニングによって広々とした空間を実現できた。
将来、ここに新たなアートが入ることで既存アートの関係性もまた変化していくことも楽しみである。
マーフの部屋
映画「インターステラー」に登場する少女マーフの部屋は、高次元空間と隣合わせになっていた。変哲のない住宅街の中にあるこの部屋でもまた、アートを介して日常のふとした瞬間に別次元に繋がるような感覚が得られると嬉しい。
起こり得ることは、起こるのである。
書の襖
下足入れ・収納の連なる5枚の扉と、キッチンパントリー奥の壁、合計7枚の鉄板の扉には、加山幹子さんによるひとつながりの書と抽象画が施されている。書だけではなく、奥行き感のある抽象画を背景に重ねるという、加山さんらしい提案。
書は、テーマ「If it can happen, It will happen.」の元になったマーフィーの法則」と、それから連想された「利休七則」が並びで書かれている。
茶は服のよきように点て
炭は湯の沸くように置き
花は野にあるように
夏は涼しく冬暖かに
刻限は早めに
降らずとも傘の用意
相客に心せよ
傘がない時は雨
ある時はハレ
1.2mm厚の黒皮鉄板に、原画をデータ化したものをUVインクジェット印刷した。抽象画はバーニッシュ印刷(艶のあるクリアインクの印刷)とし、その上にホワイト印刷で書を重ねた。黒皮鉄は無塗装のため時間の経過とともに錆びていくが、印刷部分は錆の進行が遅いことが予想される。そのため、使用と経年によって表情がゆっくりと変化していく。クリアUV印刷に錆止めの効果を期待し、それが図案となるという、印刷会社でも初めての試みだった。
宙に浮いたドローイングの照明
透け感のあるワーロンシートに直接ドローイングを施したものを、円形に曲げて宙吊りにした。
ドローイングは深地宏昌さんによる、プロッターというマシンにペンを持たせて描画されたもの。機械と人間の狭間のようなアートワークが魅力的である。図案は、4次元空間プログラムを使って3次元の物体が4次元空間を動いた時の軌跡が描かれた。ここではペンが直接描いた線が空中にあらわれることにこだわり、長尺のワーロンシートにそのままドローイングを施した。
円の中心には電球が設置されているが、φ1300mmというスケール感のため照明というには少し大きな、曖昧で動的な存在となっている。ドローイングは円の内面に書かれているため、電球の光を受けると外面にもドローイングが透けて浮かび上がる。立って見る時とソファに腰掛けて内側を見る時、逆光で見る時と順光で見る時、そして昼と夜など、日常の中で様相がさまざまに変わっていく。
文字のついたて
If it can happen, It will happen.の文字列をそのまま空間に立ち上げたスクリーン。
ラーチ合板をNCルーターでカットし墨で塗装したシンプルな構造である。奥の本棚やワークスペースの目隠しであり、リビングをもっと広く使いたいときには屏風のように折りたたみ、壁に寄せることが出来る。
タイポグラフィをideaTypoの髙橋耕平さんに依頼した。文字として美しく、図像として美しく、かつスクリーンとして構造的に成立する最適解を探し当ててくれた。本来、文字というものは線で構成された記号であり、もちろん立体になるための構成ではない。それが立ち上がって自立した時、文字自体が内包する空隙、文字と文字の間の空隙はこんなにも軽やかである。物体としての認識と文字として認識の間を揺らぐ不思議な存在となった。
用途|住宅
所在地|静岡県御殿場市
構造|木造 / 既存建物
1階床面積|50.5㎡
設計期間|2021.12 - 2022.09
工事期間|2022.10 - 2022.11
設計・アートディレクション|knof
施工|株式会社オサコー建設 ▶︎web
担当|小泉直樹 芹澤敬惣
左官施工|高山左官 高山成也 ▶︎instagram
照明計画|株式会社モデュレックス
担当|吉田剛士 福村健太
アートワーク|
- 書の襖
書|加山幹子 ▶︎instagram
設計|knof
建具本体製作|すずもく 鈴木亮佑
書の印刷|株式会社金羊社・株式会社プロネート・関直宏
建具吊込|オサコー建設
- 宙に浮いたドローイングの照明
図案デザイン・ドローイング製作|Plotter Drawing 深地宏昌 ▶︎web
設計|knof
骨組み製作|八紘電機株式会社 淡野敬一 植田安紀 ▶︎web
設置吊込|オサコー建設
- 文字のついたて
タイポグラフィ|idea Typo 髙橋耕平 ▶︎instagram
設計|knof
スクリーン本体製作|すずもく 鈴木亮佑
設置|オサコー建設
写真|前川明哉 ▶︎instagram
写真(10-12,14-15,17,22)|knof