貯 水 葉
Asian food restaurant with Staghorn ferns in Mukojima, Sumida-ku
墨田区向島にある、シダだらけの魯肉飯/豆花屋さん「貯水葉」。
熱帯生まれのビカクシダ(コウモリラン)の生育環境を整えるため、一定以上の温度/湿度の確保と、育成に特化した強い光が必要とされた。たくさんのシダの葉の隙間からこぼれ落ちた、木漏れ日のような光の下で絶品の魯肉飯を頬張る。
シダのための環境づくりに重点を置きながら、一方でシダだけでなく人々にとっての「着生しろ」をコンセプトとすることで、飲食店・イベントスペース・他店の間借りなど、自らの土壌を育みながらも他者の着生を許容していくような場所となることを目指した。
着生しろ
ビカクシダは、土壌には根付かず、樹幹や樹枝、あるいは露出している岩上などに着生して生きる植物。胞子葉と貯水葉の2タイプの葉を持ち、特に貯水葉はビカクシダの最大の特徴である。葉ではあるが光合成の役割は胞子葉に譲り、もっぱら自分を包み育てる器として機能する。上からの落葉などをキャッチし、自分を育てる養分・水を溜め、自分の根を守る。つまり、ビカクシダは貯水葉があることによって多様な場所に着生し、そこに自分で自分の土壌環境を作り出すことができる。
「貯水葉」という店名は、数年前、オーナーの小林さんに話を伺ったときから決まっていた名前だった。飲食店としてだけでなくシダの育成場所も兼ねること、さらにワークショップや間借り営業への場所貸し(貯水葉ももともと間借り営業からはじまっている)なども想定されていた。
貯水葉をはじめとしたビカクシダの独特な生態を学ぶうち、小林さんとお店がこの向島の土地・建物に着生し、自身の土壌を育むことが出来るような場所のイメージがふくらんだ。さらにこのお店に訪れる人々にとっても(その動機は人によって魯肉飯、シダ、ワークショップなど様々であるがゆえに)それぞれがそれぞれの土壌を育めるような「着生しろ」のある場所をつくること。ざらざらとした樹皮もしくは岩肌のように、着生しやすい環境を志向した。
既存建物は築46年の鉄骨造。もとは倉庫として使われていた。
すべて新しく作り込むのではなく、今あるものをうまく生かしたいという希望もあり、塗装されていたRC壁と床スラブを研磨・剥離の専門業者にお願いした。幸運にも質の良いコンクリートがあらわれ、そこに職人の手研磨の跡が刻まれた、ざらつきのある質感の仕上げとなった。
ワイヤーを客席上部にぐるりと宙吊りにし、それをシダの着生しろとした。店内に座るとシダに囲まれる感覚。イベント時には展示物や道具をひっかける場所としても使われる。ワイヤーメッシュを折曲げたところは、棚として古木やコルク樹皮などシダの仕立てに使われるもの置いておくためのスペースにもなっている。
店内の椅子や什器類の家具やトイレの建具は、店主自らが古物をセレクトした。
ビカクシダ育成用のLEDだけで飲食店としては十分すぎるほどの光量が取れることもあり、テーブル上、食事のための演出用の照明はあえて設けず、育成ライトのみでまかなうことにした。完全に人工光であるが、たくさんのシダの葉を透過して落ちる光は木漏れ日たるゆらぎを持っている。また店内はシダのために、植物園の温室のように常に温度と湿度の調整がされている。
押上の住宅街の中、植生地のような熱帯湿潤な環境下で魯肉飯をはじめとするアジア料理を食べる体験は、唯一無二のものとなった。
貯水葉 ▶︎twitter ▶︎instagram
店主|yucchosan ▶︎twitter
用途|植物と飲食店舗
敷地|東京都墨田区向島4-5-7 #102
構造|鉄骨造 / 既存建物
床面積|30㎡
設計期間|2022.09-2022.11
工事期間|2022.12-2023.01
内装設計|knof
ロゴデザイン|杉本陽次郎 ▶︎instagram
施工|ファーストハウジング株式会社 ▶︎web
担当|西澤佑二 鈴木亮佑 工藤雅之
コンクリート研磨|CRTワールド
厨房機器|タニコー
担当|伊東勝
写真(1-11)|toshibo ▶︎twitter ▶︎instagram
その他写真|knof